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「スマホトクするプログラム」のiPhone 16、返却せずにもう2年使うことにした

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10月で、今使っている iPhone 16 が2年になります。 僕が契約しているのは、auの 「スマホトクするプログラム」 。 2年程度使ったところで端末を返却すれば、最終回の支払いが不要になるという仕組みです。 僕のiPhone 16の場合、23カ月目までの支払いは 月2,361円 。 一方、そのまま返却せずに使い続ける場合は、最終回の支払い分が再分割され、 月4,340円 になります。 つまり、2年を過ぎて使い続けると、今より 月2,000円弱ほど機種代が高くなる わけです。 そこで、10月を前にして「どうしようかな」と考えていました。 候補はGoogle Pixel 10a 機種変更の候補として考えていたのが、 Google Pixel 10a です。 24回払いで購入すれば、今より少し安くなるくらいだったので、 「せっかくだから、Googleのスマートフォンを使ってみようかな」 とも思っていました。 実際、Google Pixelを使ってみたいという気持ちは多少あります。 ただ、家族に相談してみたところ、 「今のiPhoneで困ってないんだから、そのまま使ったら?」 という話になりました。 たしかに、その通りなんですよね。 改めて考えてみると、iPhone 16を使っていて、特に不満がありません。 「メモ」アプリが思った以上に重要だった そして最近、あらためて感じているのが、 Apple純正の「メモ」アプリの使いやすさ です。 僕の場合、メモには文章だけではなく、 写真や画像も一緒に入れています 。 「文章+画像」を混在させて保存し、あとから検索する。 この使い方が、ものすごく便利なんです。 もちろんAndroidでも、Google Keepなどのメモアプリを使うことはできます。 ただ、僕の使い方ではGoogle Keepに少し気になるところがあります。 画像を添付すると、画像はメモの上部に表示されるため、 文章の途中に画像を自由に挿入することができません 。 また、 メモの中の文字列を検索することもできません 。 その点、iPhoneの純正「メモ」アプリなら、文章の好きな場所に画像を挿入できます。 さらに、 メモ内の文字列検索はも...

『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』最終回、僕はこう受け止めた

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  超宇宙刑事ギャバン インフィニティが最終回を迎えた。 ネット界隈では賛否両論というより、否定的な意見が多く見られた。 まぁそれは言いたいことがあるから書いてることによって、目についてしまったのかもしれないけれど、ファンを代表して意見しているみたいな動画もあったりして、それはちょっと違うだろうっていう感想を僕は持ってしまった。 なぜって? 僕は超ギャバンを好意的に見ていたからだ。 メタルヒーローシリーズの元祖ギャバンの名前を令和に復活させてくれたことにも感謝しているし、ストーリーの中でもリスペクトしている部分にもすごく好感を持てているから。 まぁ昭和の親父の感想だけどね。 否定的な意見の意味も理解ができる。何か中途半端に終わったように見えるから。そして実際、中途半端に終わってるしね。 でも今回の超ギャバンは、プロジェクトレッドの一作目なんだ。 僕としては、プロジェクトレッド自体が作品なのだと理解している。 次回作の 角醒ハンター オメガホーン へクロスオーバーしていくのも、このプロジェクトなんだろう。 それにうすうす気づいているファンもいるのだが、今までのテレビ特撮シリーズだと1年間を通じて起承転結するのがセオリーだから、視聴者の脳内にはそのパターンがインプットされている。 今回の超ギャバンは、そのパターンから逸脱しているから違和感を感じているのだろう。 パターンを崩しているから楽しめるかもしれない。そう思いながら、次回の オメガホーン に期待している。 もしかしたら、今回の超ギャバンへの批判的な意見を制作する側は楽しんでいるのかもしれない。 「また待って見ててくださいよ。面白くなるんだから」みたいな気持ちで。 裏切られたという気持ちを持ち続けて、次回作を見ていけば、いや、次回作を見続けるファンにこそご褒美があるのかもしれない。 賛否両論はもちろんあってよし。 ただし、ファンを代表して意見を言っているという投稿には違和感を感じたので、今回はこの文章を書いた。 僕はファンを代表はしない。あくまで個人的な希望的観測と感想として、ここに留めておく。

シンプルな部屋とブログ活動

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  実はこっそりChromebookを買っていたけど、手放すことにした。 GoogleのBloggerの細かいセッティングをするのに、どうしてもフルブラウザが必要だったから購入したけど、購入したならついでにChromebookでブログの記事を書こうかなぁということも考えた。 でも実際は、iPhoneでブログを書くことがほとんどだった。 理由としては、Chromebookに向き合うことがしんどいと感じたからだ。 つまり、どうしても机に向き合って作業することになる。 格好の良いことではないけれど、平日の疲れを取るための休日に机に向きたくはない、というか休息が必要だった。 ゆっくり横になりながら、iPhoneを片手にブログを書く。 このスタイルが定着してしまったんだ。 ネット活動も、そこまで注力する必要がないと思えるようになってきたのもあるだろう。 ブログを書ければそれで良いのだから、iPhoneだけで十分だ。 もちろん今後、細かい作業を必要とする時が来れば、その時に考えればいいだろう。 あと、自分の部屋の中をもっとシンプルにしたいと思ったのも理由の1つかもしれない。 Chromebookやノートパソコンを使うには机がいる。 その机も片付けてしまいたい。 作業部屋から休める部屋に。 ものを減らしてくつろげる部屋に。 そういった意味では、Chromebookを手放すのは正解かもしれない。 正解はその時々で変わるから、また今後違う方向になるかもしれないけれど。  

【構造的課題】国費は減っていない!?国立映画アーカイブ1億円クラファンの裏にある「分配ルール」と館長の静かなる訴え

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日本で唯一の国立映画専門機関である 「国立映画アーカイブ(NFAJ)」 が、1億円を目標としたクラウドファンディング(CF)を開始したニュースは、映画界のみならず社会的な議論を呼んでいます。 「国が文化予算を一律に削ったからだ」という捉え方が多い中、同館館長が公式YouTube動画で語った説明を詳細に検証すると、事態は単純な予算削減ではなく、 「独立行政法人内部の分配ルール」 と 「施設特性の考慮不足」 という、より根深い構造的な問題が見えてきました。 この記事では、館長の発言(タイムコード付き)および文化庁から発表された公式情報に基づき、映画アーカイブが置かれた実情と、「なぜデジタル保存だけでは解決しないのか」という本質的な理由について詳しく解説します。 この記事の要点(3行まとめ) 国費自体は減っていない: 文化庁から「独立行政法人国立美術館」全体への交付金はむしろ微増。課題は「法人内での分配」にある。 映画と美術のビジネス格差: 美術展と違い、映画上映は「劇場の座席数」という物理的限界があるため、美術と同列の「自己収入目標(自己負担)」を課されること自体に無理がある。 デジタル化は解決策ではない: デジタル保存は「フィルム保存の10倍以上の維持費」がかかり、数年でメディア寿命を迎えるため、物理フィルムの維持は絶対不可欠。 館長が語った「資金難」3つの構造的要因 動画内での館長の説明に基づくと、事態の核心は国(文化庁)が直接的に予算を削り落としたわけではなく、以下の構造的なギャップにあることが明かされています。 ① 法人「国立美術館」内での分配の仕組み(2:12-3:16) 予算は...

YouTubeの無課金はどんな感じ

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  AIのサブスクを更新するのをやめることを決めたんですけど、それならついでにYouTubeもっていう流れになってきました。自分の頭の中の話です。 現在私はYouTubeプレミアムライトを契約していて、これが確かApple経由だから980円くらいなのかな。 金額的には小遣いの範囲で全然影響がないのですけど、YouTubeの最初の頃のことを思い出して、広告ありきの毎日だったわけですから、今さら広告が出るとどれだけしんどいのかなぁと思って、YouTubeのサブアカウントで慣れる訓練を始めました。 サブアカウントは課金をしていないので、普通に広告が流れてきます。 これがどれだけ負担になるんだろうと思って、1日2日見てた感想を言うと、そんなに気にならなかったです。 確かにサクサク動画を視聴できるわけではないですけど、見逃し配信のTVerだって冒頭に広告が入るし、途中にも広告が入ってくることがありますからね。 それと比べると広告の長さも短いし、そんなに気にならないです。 どちらかというと、バックグラウンド再生ができないのがちょっとしんどいかなと思いますが、それでもそこまでして聞くこともないだろうと。 自分的にはYouTubeプレミアムライトというプランが始まって、ちょっとラッキーだなぁと思ってたんですよね。 割と安いプランだったし、自分に必要なバックグラウンド再生ができるようになってたし。 AIのGoogle Geminiの+というプランだと2900円でこのYouTubeプレミアムライトがおまけで付いてくるので、ちょっとお得だなぁと思って契約してたんですけど、それももう、いったん全部切っちゃえと。 AIのサブスクもストップ、YouTubeもストップ。 久しぶりの無課金月間が始まります。

AIに書かせっぱなしだったことを少し反省する

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最近AIの使い方について考えることが多くなった。 ブログを書くのに、ほぼAIに丸投げしてる時があって、それでいいのかなぁって。 もちろん草案は自分で考えてるけど、何かいい感じに文章にしてっていう感じでAIにやらせている時もあったり。 なんかちょっとそれは違うんじゃないかな。 まずは自分の言葉で全部文章化して、AIに任せるのは校閲だけにしたほうが自分らしさが出るんじゃないだろうかと。 文章として読みやすいかと言われると、うん、自分でもどうなんだろうって思うんだけどね。 AIに、自分の書き方に寄せて、文章化してっていう方法もあるんだけど、注力するのはそこじゃないような気もする。 まず、自分は何を伝えたいのかというのを、自分の言葉で文字にするのが大事なんだろう。 この数ヶ月、AIにどっぷりはまり込んでしまっていたような気がする。 確かに便利なんだよ。確かに早いんだよ。確かに量産できるんだよ。 でも、投稿すればするだけ、薄っぺらいものを大量生産しているような気がする。 当面は、誤字脱字のチェックだけをAIに任せてみようか。 いや、もしかしたら、誤字脱字や言い回しがおかしかったりするのも人間らしいのかもしれない。 こういうことを書くと、少しだけ誤字脱字や変な言い回しをして! なんてAIに指示する人が出てくるかもしれないけどね。 ブログやSNSを、他人に見てもらうための出版物として考えるのであれば、誤字脱字や変な言い回しはやめて、ちゃんとした製本版みたいな感じの文章が望ましいんだろうなぁ。 でもまぁ、個人的な発信だったら、そこまで気にしなくてもいいんじゃないだろうか。 多分、きっと、おそらく、求められているのは、AIが書いた綺麗な文章ではなくて、個人の思考が入り込んだ文章なんじゃないだろうか。なんて勝手に思ってしまっている。 よし、今のAI関係のサブスクが切れたら、しばらく更新はやめて、無課金でAIを使うことにしよう。 AIに任せきりにしない限りは、課金の必要なんて全くない。 ChatGPT、Gemini、Claude、Copilotと身近なAIはあるけれど、どのAIに任せても校閲ぐらいなら無課金でできる。 そして必要最低限の指示、誤字脱字の修正と揺らぎの補正なら、ほとんど能力に差はないだろう。 当面はこのスタンスでやっていこう。

ネット活動の主軸をブログに

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 隙間時間で活動できるのがブログ これまで10年以上、SNS活動の中心はYouTubeでした。そこに多くの時間とエネルギーを注ぎ、チャンネルを育ててきた一方で、Xやブログはあくまで「サイド」として、隙間時間に細々と続けてきました。 しかしここ最近、YouTubeに対するモチベーションが以前ほど上がらなくなってきたことを、正直に認めざるを得ません。撮影・編集・公開までの一連の流れがどうしても重く感じられ、「もっと気軽に、自分のペースで続けられる場が欲しい」と感じるようになりました。 そこで、「もうYouTubeをメインに据えるのは、今の自分には合っていないかもしれない」と一度きっぱり諦めることにしました。その代わりに、自分が一番続けやすく、かつ積み上げの成果が目に見えやすい「ブログ」をメインの活動に据えることに決めました。 ブログであれば、通勤時間や休憩時間といった短い隙間時間でも、少しずつ執筆を進められます。書いた記事はそのまま資産として残り、後から読み返したり、加筆修正したりすることもできます。長期的に見て、自分の考えや経験を形に残せる場所として、ブログはとても相性が良いと感じています。 そこで、ブログタイトルも論物趣創記とし、タイトルの漢字一文字ずつがラベルを意味するようにしました。 こうしておくことで、私自身もラベル付けに悩まなくて済むだろうと言うことになってます。 YouTube動画の扱い では、YouTubeはこれからどう使うのか。   結論としては、「ブログに差し込むための動画を置いておく場所」という位置づけで十分だと考えています。   たとえば、ブログ記事で説明しきれない細かい手順や、実際の操作画面を見せたほうが伝わりやすい内容は、短い動画にまとめてYouTubeにアップし、その動画を記事内に埋め込む形で活用します。 こうすることで、YouTubeは「動画の保管庫」としての役割に特化し、ブログが「情報の集約場所」として機能します。   動画の再生数やチャンネル登録数に一喜一憂する必要も減り、「自分のペースで、必要なときに必要な動画を公開する」という、かなり自由なスタンスで続けられます。 これまでYouTubeをメインにしてきた経験は、決して無駄ではありません。動画制作のノウハウや、視聴者の反応を見る感覚は、ブログ執...