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ブログ移転のお知らせ

これまでこちらのBloggerで、YouTubeの補足や日々の何気ない記録を綴ってきましたが、このたび「はてなブログ」へ拠点を移すことに決めました。 新しいブログはこちら 思功策後の日常ログ なぜ移転するのか 理由はとてもシンプルです。今の私のライフスタイルにおいて、 「iPhone一台で、もっと自由に、ストレスなく書き続けたい」 と思ったからです。 数ヶ月前からパソコンを使わない生活を貫いており、すべての記録をiPhoneで行っています 還暦を前にして、身の回りの持ち物を整理し、できるだけ生活をシンプルにしたいと考えました。寝転がってリラックスしている時でも、ふと思いついた瞬間にブログが書ける。この「身軽さ」を大切にしたいと判断しました。まぁ、Androidに変わるかもしれませんけど、いずれにしてもシンプルに。 これまでの歩みと、これから 1月下旬には血圧が170〜190台という状況でしたが、投薬と生活改善により、現在は110〜120台で劇的に安定しています。仕事日の2万歩ウォーキングや、22時以降の白米(糖質)抜きといったルールに添った健康管理も、新しいブログで引き続き「ありのまま」に記録していきます。 このBloggerのページもしばらくは残しておきますが、これからの私の「今」は、ぜひ新しいブログで見守っていただければ幸いです。 新しい場所でも、どうぞよろしくお願いいたします!

iPhone SE(初代)復活。あえて「不便を楽しむ」サブ機ライフの始まり

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先の投稿で書いた、メルカリで手配した「背面に傷あり」のiPhone SE(初代)が、無事に手元に届きました。 実際に手に取ってみると、想像していたよりもずっと状態が良く、手に馴染みます。背面の傷も「味」のうちですが、あらかじめ用意していたケースを装着すれば、全く気になりません。 さらに、ダイソーでスマホリングも購入して装着。 これでスタンド代わりに立てて動画を流し見することもできるし、指を通せば落とす心配もありません。 このコンパクトな筐体にリングを付けると、ホールド感がさらに増して、まさに「自分専用の道具」という感覚が強まります。 「古いバージョン」という名の特別仕様 さて、気になるのは9年前の機種でどこまでアプリが動くか、という点です。 YouTubeやTVerなどの主要なアプリをインストールしてみましたが、予想通り「古いバージョン」をダウンロードすることになりました。 最新の機能は制限されているかもしれませんが、僕にとっては「思う通りのことができる」ことがゴール。動画が観られ、撮影や投稿などの必要な操作ができれば、それだけで十分満足です。むしろ、今の時代にこの小さな画面でキビキビと(?)動く古いUIには、どこか懐かしい愛着すら覚えます。 iPhone同士のテザリング、思わぬ「再発見」 一つだけ、設定中に「あ、そうだった!」と思い出したことがありました。iPhone 16からのテザリングについてです。 本当は消費電力の少ないBluetoothテザリングで繋ぐつもりでしたが、実は iPhoneは「テザリングの子機」としてBluetooth接続することができない んですよね。以前も試してダメだったはずなのに、すっかり忘れていました。 とはいえ、Wi-Fiテザリングなら全く問題なし。一度設定してしまえば連携はスムーズで、iPhone 16の回線をスマートに共有できています。 さらに発見、Bluetoothテザリングができた! 実はこれの動画を投稿したところ、「Bluetoothの子機としてテザリングできますよ」とコメントいただきました。 試してみたところ親機にあたるiPhone X 6のネットワーク共有をオンにした状態でBluetoothのペアリングを行うと、Bluetoothペアリングが完了しました。 共有をオフのままでペアリングを試すとエラー...

節分の晩御飯 21時30分、家族の優しさを「そっと」データに変えて。節分の夜のAI食事管理

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節分の夜のAI食事管理 2026年2月3日、節分。仕事を終えて21時30分に帰宅しました。リビングでは先に食事を済ませた家族がくつろいでいます。その賑やかな輪の傍ら、食卓には私のために恵方巻や厄除け饅頭が用意されていました。 私には「22時以降は白米を減らす」というルールがありますが、今夜は21時30分。ルール違反ではありませんが、高血圧管理中の身としては、この時間帯の塩分や炭水化物の量はやはり気になるところです。 とはいえ、家族が私のためにと用意してくれた食事です。その目の前でスマホをかざして「解析」を始めるのは、さすがに気が引けます。まずは家族との時間を大切にし、そっと一人で写真を撮っておく。後でGeminiに相談してデータ化するのが、私の「大人の食事管理」の流儀です。 家族の気遣いを、AIで正しくデータ化する 一人の時間に、撮っておいた写真をGeminiに読み込ませます。専用プロンプトを使えば、家族の優しさが詰まった食事が、客観的な健康データへと変換されます。 写真をGeminiと共有し、定型文で指示をする。 Gemini が細かく分析した結果がこちら。 全体の特徴:行事を楽しみつつ、管理の手綱は緩めない 解析の結果、やはり塩分(4.8g)と炭水化物(134g)は、夜の食事としては意識すべき数値であることが明確になりました。 1. ルール内、でも「塩分」への警戒は怠らない 21時30分の帰宅でルールは守れていますが、この塩分量は血圧管理においては注意信号です。AIが即座に数値を算出してくれたおかげで、「せっかく用意してくれたお吸い物だけれど、汁は半分残して塩分を調整しよう」といった、具体的で冷静な判断が下せます。 2. 1年に一度の行事食と向き合う 家族が自分のためにと用意してくれた食事を、数値として正確に把握する。そうすることで、「今夜しっかり食べた分、明日の食事でしっかり調整しよう」と前向きに考えられます。家族の心遣いを、後悔ではなく明日の健康への活力に変える。これが私のスタイルです。 3. 家族の思いと、自分への厳しさを両立させる 家族の前では感謝して食事...

なぜ、あえて「思功策後」という造語を選んだのか

還暦を前にして、ふと考えたことがあります。 これまでの発信活動を振り返ってみると、いつもそこには「試行錯誤」がありました。 やってみて、失敗して、また考えて。その繰り返しが自分のスタイルそのものでした。 ただ、既存の「試行錯誤」という言葉をそのまま使うのは、どこか借り物のような気がしたんです。 そこで、自分の活動の核を表現するために「思功策後(しこうさくご)」という造語を作りました。 言葉に込めた意味の重なり この四文字には、私が発信を通して大切にしたいプロセスを詰め込んでいます。 思:ただ動くのではなく、まずは深く思考を巡らせること。 功:単なる失敗で終わらせず、動画や記事という目に見える「成果」として結実させること。 策:その結果を受けて、また次の一手を練ること。 後:そして、それらすべてのプロセスの「後」に残る記録であること。 大人の試行錯誤は、ただ闇雲に繰り返すだけではなく、「思・功・策」を積み重ねていく。その足跡を「後」に残していく。そんなイメージです。 検索とAI時代における「唯一無二」の価値 なぜ、わざわざ辞書にも載っていない造語にしたのか。 そこには、インターネットで発信をする上での実利的な狙いもあります。 私の活動のIDである「yukiyama1966」は、自分の名前と生年に由来する英数字からです。しかし、シンプルゆえに他の誰かと重複したり、後から同じIDを使う人が現れたりすることは避けられません。 実際、AIに自分の活動を調べさせ、自分で活用しようとすると、同名の別人の情報を引っ張ってきてしまうことが多々ありました。AIが情報を整理する現代において、名前が被ることは、自分の発信が埋もれてしまうリスクを意味します。 でも、「思功策後」という言葉ならどうでしょう。 現時点で、この言葉を使って発信しているのは世界で私一人だけです。 この言葉を検索すれば、私のブログやYouTube、Xが独占的に並ぶ。 AIも迷うことなく「私」の情報を正しく認識できる。 この「指名検索」の強さと識別性の高さは、これからの時代、自分のブランドを守るために不可欠な要素だと考えました。 すべての活動を一本の糸で繋ぐ 今回、YouTube、ブログ、そしてXの名称をこの「思功策後」で統一しました。  IDである「@yukiyama1966」は変えずに、看板だけを同じにした形...

2025年、私が「手放して」本当に良かったもの

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2025年も残すところあとわずかとなりました。今年は自分にとって、これまでの人生で溜め込んできたものを整理し、結果的に 「引き算」 を意識した一年でした。 持ち物、情報、そして長年の習慣。これらを整理して手放したことで、驚くほど身軽になれたと感じています。 何より、これらを手放したことで得られた最大の収穫は、 「時間に追われる感覚」がなくなったこと です。 今日は、私が今年手放したものと、それによって生まれた心のゆとりについて、端折ることなく詳しくまとめました。 1. 「情報発信の使命感」と3つのブログ これまで私は4つのブログを同時に運営していました。 「何かを調べたら、すぐに世界に向けて情報を流さなければならない」という、ある種の強い使命感に常に追いかけられているような感覚がありました。 しかし、ふと立ち止まり、自分もただ一人の人間に過ぎないという原点に立ち返ってみました。無理に世間の情報をまとめて発信する役割は、もう自分には必要ないと判断し、それらを手放すことにしたのです。 • 得られたもの: これからは老後もしっかりと見据え、日々のふとした思いつきや自分の考えを、自分のためだけに記録していこう。そんな「日記」としてのブログが、Blogger一つあれば十分だと思えるようになりました。 誰かの期待に応えるための更新ではなく、自分のための執筆という、本当の意味での安らぎを手に入れることができました。 2. SNS(X・Threads)との距離 日常的にチェックし、情報を追いかけていたX(旧Twitter)とThreadsを手放しました。 • 得られたもの: 情報の波に飲まれる時間がなくなり、自分の思考の中に静寂が戻ってきました。ちなみに、Facebookは顔見知りとの交流に、Instagramは個人用のアルバムとして「無理に更新しない」スタンスで残しています。今の自分には、このくらいの使い分けと距離感がちょうど良いと感じています。 3. 時間つぶしの「無駄食い」と驚きの減量 これまでは待ち合わせや、少し時間が空いたときなど、場所を確保するためだけに飲食店に入って何かを注文する、ということが習慣になっていました。しかし、そういった「無駄食い」を思い切ってなくしました。 • 得られたもの: その結果、健康面で劇的な変化が現れました。去年の夏頃には78キロから79キロ、...

ブログ執筆環境のシンプル化:Googleドキュメント活用術

 ​ブログの下書きはGoogleドキュメントで行うことにした。 ​スマートフォンをAndroidだけに絞り、パソコンなどを使わない環境になったため、少しでも手軽にシンプルにブログを執筆できる環境を構築したかった。 ​Bloggerアプリの課題と代替手段 ​使用しているブログサービスはGoogleのBlogger(ブロガー)で、ご存知の方も多いかもしれないが、Androidアプリケーションの出来が全然良くない。思うような編集が思うようにできないんだ。 ​ブログ自体をテキストベースで作ることにしたから、余計な装飾などは不要になったものの、それでも編集作業は大変だったりする。スマートフォンがGoogleのAndroidなのだから、それならいっそGoogleドキュメントを使っちゃえという思い付きで書き始めたら、意外と快適だった。 ​Googleドキュメントを「メモ帳」として使うメリット ​本当はメモ帳のGoogle Keepでも良いのだけど、下書きした記事の管理が結構大変で、他のメモと混ざってしまい管理が嫌になっていた。 ​Googleドキュメントをブログの下書きに使うメリットは主に以下の点だ。 ​Googleドキュメントのアプリケーション上だと、画面の下にタブを作ることができ、記事別に管理をすることができる。 ​言い回しを変える際に置換機能を使って編集し直すこともできる。 ​執筆プロセスと効率化 ​文字の入力自体は、Googleキーボードの音声入力機能を使っている。読点や句読点などは一切気にせずに、とりあえず思い浮かんだ言葉を喋ってテキスト化しているんだ。 ​Googleドキュメントのアプリを開くと、今まで作成したドキュメントの一覧が表示される。そこの右上の三点マークを押せば、スマホのホーム画面にそのドキュメントだけを貼ることができる。だから、すぐにブログの下書きを書き始めることができて、これはすごく便利だ。 ​先ほども書いたが、一つのドキュメント内でタグ分けすることで、複数のブログ記事を書き分けることができる。書いたブログの下書きはGeminiにコピー&ペーストして校正すれば、テキストベースのブログなら更新もたえやすくなるだろう。 ​当面はこの方法でやっていく。かなりシンプルになった!

SNS疲れからYouTube Blogger Instagram以外はやめた

先日、SNSのコメント返信に疲れてしまった。 さほど人気があるわけではないので、コメントと言っても5件ほどだ。特にコメントを必要とする投稿でもないのにコメントが来るわけで、まあせっかくコメントをもらったから返信はするんだけど、真剣に考えちゃうから疲れるんだよね。 あと、過去記事にも書いたけど、他者から盗用した文章や画像・動画が見受けられるのも嫌だったからかもしれない。 過去記事▶︎ “盗用も、適当な引用も、もうやめてください。とは言いませんがブロックします。” 気楽に使っていたX(旧Twitter)やThreads、noteだったんだけど、気軽に呟くことすら億劫になってきた。 いくら気楽とは言っても、多少は文章を考えたりする時間や手間をかけているわけで、単なるつぶやきにコメントをもらうと、本当はハートマーク(いいね)を送るぐらいでいいのに、「返信しなきゃいけない」っていう気持ちになってしまって。 「そんな思いをしてまで使うメリットはないよね」と冷静に考えた結果、アカウントを削除して利用をやめた。投稿しないだけでも構わないんだけど、何らかの弾みで悪用されても困るし、放っておいてもメリットはないだろうしね。 このブログで過去に書いたことにも、自分的にはいまいちな内容なものもある。その宣伝を兼ねてSNSに投稿していたからリンクも残っていたわけで、それも一掃したかったわけだ。アカウントごと削除すれば、そのリンクも消せるから。 過去のブログのリンクがSNS上になくなったから、このブログで書いた記事でも遠慮なく消すことができる。 今までは写真を選んだり文体を調整したりをAIに任せていたけれど、基本的にはもう自分の言葉だけで書いていこうと思う。誤字脱字の校正ぐらいはAIに任せるけどね。 今書いているこの文章は、AndroidスマートフォンのGoogleブロガーアプリに音声文字入力している。それを一旦Geminiに投げて構成だけ変えてもらえば、文章としてはまあまあ成り立つだろう。 ただし、どうも アプリの作りが良くないので、今後は Google ドキュメントで下書き する予定だ。 今後、このブログはSNSのつぶやき代わりだったり、飾り気のないテキストだけの文章だったりするけれど、自分が思っていることを書いて、自然体で使っていこうと思う。

盗用も、適当な引用も、もうやめてください。とは言いませんがブロックします。

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 SNSに流れてくるテレビやアニメの動画。正直言って、僕は不快です。 他人が一生懸命作った映像を、まるで自分の作品のように勝手に使う行為は、 盗用 に他なりません。 本来であれば、その瞬間、その状況でしか見られない、場合によっては有料でしか見られない動画や画像を勝手に切り取って、自分のSNSに投稿する行動自体がおかしいのです。テレビや映画の映像を、一部とはいえ投稿する理由は一体何なのでしょうか。単に自分の欲求を満たすためだけですよね。「宣伝にもなるからいいんじゃない」というのは勝手な言い分でしかありません。誰もあなたに頼んでいないのです。 商業作品だけでなく、他人のアカウントの画像を勝手に使っている人たちも同じです。そもそも、その画像をコピペして使うぐらいなら、元の投稿をシェアすればいいだけの話です。それなのに、あえてコピペをするのは、要は元のストーリーや文脈には興味がなく、画像だけを自分のものとして使いたいということですよね。本当に身勝手で、何のためにSNSをしているのか理解できません。自分の投稿に使うなら、自分の画像を使いなさいよと、僕は思います。 そして何より腹立たしいのは、そういうことをしている本人が「問題ない」と本気で思っていること。 さらに言えば、そういった不正な投稿に対して賛同しているようなコメントをしている人たちも同じです。受け入れている時点で、その行為を容認していることになりますから。 適当な知識で「引用元を書いてますよ」と一応リンクを貼っている投稿も同じです。引用のルールを無視して、ただURLを貼るだけ。それって、本当の 引用 とは言えません。 クリエイターの作品をリスペクトする気持ちがあるなら、正しい方法で紹介すべきです。そういう無神経さが、作った人へのリスペクトがないように感じてしまうんです。 正しい引用の方法とは? 単にURLを貼るだけでは、引用とは言えません。 せめて、以下の点を意識してみてください。 引用元を明確にする: 誰の、何の作品から引用したのかをはっきり書く。 引用部分を明示する: どこからどこまでが引用なのかをわかるようにする(例:カギ括弧を使う)。 引用の必然性を書く: なぜその部分を引用したのか、自分の意見や感想を添える。 ...

ポメラ愛用者がなぜChromebookに乗り換えたのか?ミニマリスト的デバイス選びの結論

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 「書くこと」に集中したいとき、余計な機能や煩わしさは邪魔でしかありません。 かつて、私はキングジムのポメラという、文章を書くことに特化したデバイスを深く愛用していました。物理的にネットに繋がらないことで通知やウェブサイトの誘惑から完全に解放され、電源を押した瞬間にすぐに書き始められる圧倒的な即時性が最大の魅力でした。 しかし、そのポメラが壊れてからは、ブログの更新がとても億劫になってしまいました。高価な中古品には手が出ず、数年間はノートパソコンやスマートフォンで代用していましたが、ポメラのようにサッと書き出せないため、更新は気が向いた時だけになっていました。 最近のAIの進化は、そんな私の執筆スタイルを大きく変えました。iPhoneで書いた下書きをAIに構成させるという新しいやり方が、想像以上にスムーズで、ブログ更新が以前よりはかどっている事実があります。 そこで私は考えました。このスタイルにChromebookを追加すれば、さらに効率が上がるのではないか。ポメラのコンセプトである「集中できる環境」と、AIの「効率性」を両立できる新しいデバイスとして、Chromebookが最適な選択肢だと確信したのです。 この記事は、かつてポメラ愛用者だった私がなぜChromebookを選んだのか、その具体的な理由を、自分の実体験を交えながら記録として残しておこうと思います。 1. ポメラに似た使用感:シンプルさと圧倒的な即時性 WindowsやMacのノートパソコンが多機能ゆえに起動や操作が複雑になる一方で、Chromebookはポメラのシンプルさを知る私にとって非常に快適でした。OSがChromeブラウザと必要最低限の機能に特化しているため、電源ボタンを押してからわずか数秒で起動し、すぐに作業を開始できます。これは、ポメラの「書くぞ!」という衝動を逃さない感覚に驚くほど似ています。 中古で購入した私のChromebookは、決してサクサク動くわけではありません。動作に一瞬の間がありますが、それが不快ではないのです。まるで電子ペーパー端末のような、画面の切り替えにわずかな間がある使用感が、かえって集中を途切れさせません。このわずかな待ち時間さえも、私にとっては「書く」という行為の一部になっています。 ...

僕の執筆環境はポメラからChromebookへ。ブログもYouTubeも捗るAI活用術

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「ブログを書きたいけど、なかなか文章がまとまらない」「アイデアは浮かぶのに、書き始めるのが億劫になる」…かつての僕もそうでした。完璧な文章を最初から書こうとすると、どうしても手が止まってしまうんですよね。 Chromebookをポメラ代わりに導入したら、そんな悩みが嘘のように消え、ブログの執筆が進み、YouTubeの動画撮影もやりやすくなったという僕自身の体験談です。 私は かつてのポメラ愛好者 でした。 DM5、10、11、20、100、200 と、歴代のポメラを使ってきた生粋のポメラ愛好家でした。ブログや小説を書くのに、外部のノイズをシャットアウトして執筆に集中できるポメラは、本当に素晴らしい端末でした。 書き出す文字がすべて自分の言葉になる喜びは、書く人にとって何物にも代えがたいものです。しかし、ポメラでの執筆には一つの大きな壁がありました。それは、「調べる」という行為です。 執筆中に何かを調べたくなったら、一度ポメラから離れてスマホやPCに持ち替える必要があります。そして、そこで得た情報をポメラの記事に取り込むのは非常に面倒で、実質的に不可能に近い作業でした。 さらに、新型が出るたびに価格が高騰し、もはや気軽に手が出せる価格ではなくなってしまったことも、ポメラから離れた理由の一つで、しばらくはスマホやノートパソコンで執筆をしましたが、億劫になり更新が止まっていました。 そんな私が、今回改めて Chromebook を導入したところ、ブログ執筆が驚くほどはかどり、さらにはYouTube動画の作成までスムーズに行えるようになったんです。 なぜ今、Chromebookなのか? 以前にもChromebookを試したことはありましたが、その時はあまり本腰を入れてブログを書いていなかったこともあり、良さに気づくことはありませんでした。 しかし、最近では 生成AI が当たり前になり、執筆の環境が大きく変わりました。 頭の中にあるアイデアをゼロから文章にする作業は、書く人にとって最も大変な作業の一つです。でも、生成AIを使えば、そのハードルがグッと下がります。思い浮かんだキーワードをAIに投げかけるだけで、文章の骨組みを作ってくれる。これを使わない手はありません。 スマートフォンでもAIは使えますが、画面が小さく作業しにくい。かといって、いちいちノートPCを立ち上げるのも面...

SNSのコメント対応に悩む人へ|生成AIで心を守る方法

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NSに投稿した何気ない言葉に、思いがけないコメントがつく。 それは批判かもしれないし、誤解かもしれない。 あるいは、皮肉や挑発のように感じることもある。 そんな時、どう返せばいいのか──その判断に迷って、心を痛めてしまう人が少なくありません。 SNSは本来、自由に思いや考えを表現できる場のはずです。 けれど、コメント欄でのやりとりが原因で、投稿すること自体が怖くなってしまう。 そんな経験をしたことがある方もいるのではないでしょうか。 この記事では、そうした「返信に悩む瞬間」に、生成AIを活用することで心の負担を軽くし、SNSを気持ちよく使っていく方法を紹介します。 ただし、AIにすべてを任せるのではなく、「自分の言葉を守るための補助」として使うことが大切です。 想定外のコメントが心に刺さる理由 SNSは文字だけのコミュニケーションです。 表情も声のトーンもない中で、言葉だけが飛び交う。 だからこそ、ちょっとした言い回しが強く感じられたり、意図しない受け取り方をされたりします。 たとえば、こんな投稿をしたとします。 「最近の映画って映像はすごいけど、物語が薄い気がするな」 この投稿に対して、こんなコメントがついたらどうでしょう。 「じゃあ自分で作れば?評論家気取りうざい」 このような“変化球”のコメントは、意図を誤解された上に、人格まで否定されたように感じることがあります。 無視するべきか、反論するべきか、謝るべきか──その判断に迷い、心が疲れてしまうのです。 返信しないという選択もある──でも、返したいならこの方法がある SNSで想定外のコメントが来たとき、 無視する という選択肢もあります。 それは決して冷たい対応ではなく、 自分の心を守るための立派な判断 です。 すべての言葉に反応する必要はありませんし、沈黙が最善の対応になる場面もあります。 ただし、無視したコメントはそのまま残ります。 そして、それは 自分の心の中にも残り続ける ことがあります。 「何も言えなかった」「本当は伝えたかった」──そんな思いが、後になってじわじわと心に影響を与えることもあるのです。 だからこそ、 自分の言葉としてAIを活用して返信することには、心へのメリ...